読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自分の能力を最大化できる場所を求めてーー逆境を力に変えた、松岡美幸の不屈の精神

Interview

2012年、株式会社リクルートのHRカンパニーと、株式会社リクルートエージェントの統合によって誕生した、株式会社リクルートキャリア。「人で、世界一になる」ことを目指し、これから創られていくこの場所では、社員一人ひとりが主人公です。今回は、リクルートエージェントでキャリアアドバイザーをつとめる、松岡美幸のストーリーをお届けします。

 

人見知りでコミュニケーションが苦手。逆境に絶え続けた学生時代

周りと同じように決められたステップがない社会人にとって、「転職」は大きな転機になるものです。そんな“人の転機”に携わりたいと、人材業界に足を踏み入れたキャリアアドバイザー、松岡美幸。しかしこの場所にたどり着くまでの彼女の人生は、転機を超えた波乱の連続でした。 

「正直なところ、小学校から高校を卒業するまで、人とうまくいってなかった期間の方が長かったですね。小さいときから人見知りな上に、ナナメに世の中を見ているような、ちょっと卑屈な思考回路だったので(笑)。クラスメイトとも、先生をはじめ大人ともうまく付き合えなくて、当時はそこから逃げることしか考えていないような、暗い性格の子どもでした」(松岡)

周囲とどうすればいい関係が築けるのか……彼女は人見知りな性格ゆえに、その方法やきっかけをうまくつかめないまま、殻に閉じこもった学校生活を送っていました。

さらに彼女にとっての試練は、学校だけでなく家庭でも訪れました。松岡が高校2年生のとき、父親が自分の事業を畳み、さらには両親が離婚をすることに…。とても大学に行きたいといえる状況ではなくなり、彼女はすぐに手に職をつけるため、学費の安い地元の看護学校へ入ることを考えたそうです。

しかし、松岡はここではじめて「逃げない」道を選びました。彼女の反骨精神は、以降その存在感を存分に発揮していくことになります。

「こんなことで、自分の人生を決められたくない、そう思ったんです。そこで高校卒業後は家計を助けつつ、自分の受験にかかるお金や入学費、授業料などを稼ぐために、丸2 年間、必死でアルバイトをしながら勉強をする生活を続けました。その後、自らアルバイトで貯めたお金で大学に入ったんです」(松岡)

フリーターをしていた2年間と、自力でこぎつけた念願の大学生活。そこで過ごした時間のおかげで、松岡は「どんなに逆境にぶち当たっても、逆境に負けずに努力を続ければ何とか乗り越えられる、というポジティブな考えを持てるようになった」といいます。

「大学の同級生が、裕福な家庭で育った人ばかりだったんですよね。私にとってはそういう人たちの素直さや、心の豊かさが心地よかったんです。私の話を否定するのではなく、きちんと耳を傾けてくれて、素直に受け止めてくれる……“心の栄養”をたっぷり持っているというか。私もそうやって誰かに栄養を与えられる側になりたいとしみじみ感じるようになりました」(松岡)

大学生活を通じて、ようやくポジティブな気持ちを持てるようになったーーそんな松岡が、将来の道として最初に興味を持ったのはブライダル業界でした。きっかけは親族の結婚式だったか、何かのTV番組だったか……何気なく目にとまった仕事でしたが、彼女がひかれたのはそのストイックなプロとしての姿勢でした。

「結婚式はその人にとって一生に1回しかありません。だから、その1回を失敗してしまうわけにはいかないじゃないですか。とても責任のある、プロフェッショナルの仕事。だから自分もやってみたいと思ったんです」(松岡)

人生の節目、転機に関わるプロ意識が求められるストイックな仕事。後に彼女の人生を大きく左右するキーワードが、このときはじめて浮かび上がりました。

f:id:carraria:20160510000756j:plain

熱望した営業職につけず、「認められていない」と焦る日々

強い想いを持ってチャレンジしたブライダル業界への就職活動。しかしそれはなかなか険しい道であり、松岡は残念ながら志望していたブライダル企業の内定にこぎつけることができませんでした。

そうしているうちに、松岡は「働くとは何か」自体について考えるようになり、雇用や労働市場に興味を持つようになっていきます。

「大学で学んでいた国際政治経済とも、人材業界がリンクしました。働くことに対する海外の価値基準を勉強しているなかで、責任感を持ってしっかり働き、そこからやりがいを見出せることこそ、日本人の価値だと思うようになったんです。そしてそれを活かすのが日本の経済なのではないか、と」(松岡)

そこでふと、彼女が目を留めたのがリクルートでした。人材だけではなく、ブライダル関連の『ゼクシィ』をはじめ、当時自分がいいと思って使っていたさまざまなサービスを、みんなリクルートが提供していたことに気づいたのです。

2007年、松岡は大学を卒業し、リクルートグループの1社であるリクルートスタッフィングに入社。人見知りでコミュニケーションに自信がない――そんな自分の苦手分野を克服したいと考え、職種はあえて営業を希望しました。

しかしここでもまた、彼女を新たな試練が襲います。入社1年目はだいたい営業職を経験することが多いにも関わらず、彼女は熱望していた営業の仕事ではなく、派遣の仕事を紹介するコーディネーターの部署に配属されたのです。

「自分を変えたいと、息巻いて入社したのに……。ショックすぎて涙が出てくるほどでした。当時、リクルートって営業の会社というイメージが強かったんですよね。それなのに営業に配属されなかったということは、私は全然期待されてないんだと思い込んでしまって…」(松岡)

今なら、コーディネーターの仕事が重要な役割のひとつであることもわかります。しかし「営業をやるんだ!」と強い意志を持って入社した松岡にとって、それは納得できないことだったのです。周囲の人になだめられつつ、腑に落ちない気持ちを抱えたまま、松岡は社会人としてのスタートを切ることになりました。

「営業になれずとにかく悔しかったので、コーディネーターとしての仕事で頑張ろうと思い、仕事紹介のお電話をどんどんかけていました。そうすると自ずと成果もついてくるので、その都度『営業をやらせてほしい』と人事に猛アピールしていました。誰に何を言われても、全く聞く耳を持てませんでした。今思えば生意気で、尖っていたなと思います」(松岡)

f:id:carraria:20160510000950j:plain

違う会社の文化に触れたことで、リクルートの特長を改めて実感

入社2年目の春、努力の甲斐あって、松岡はついに念願の営業に移ることになります。しかしそこでの仕事は長く続きませんでした。松岡の家族が、職場での人間関係が上手くいかなかったことが原因で体調を崩し、仕事が続けられなくなってしまったのです。

「自分が人に紹介している仕事は、本当にその人を幸せにできているのだろうか…」

彼女は当時の自分の仕事に疑問を感じはじめてしまい、それが自分の中でどんどん大きくなっていくのを止めることができなかったといいます。

結局、松岡はリクルートスタッフィングを1年半で退職しました。そしてあえて、それまでとは真逆の社風・企業文化を持つ、生命保険会社に転職することにしたのです。

しかし全く異なる業種、まるで違う環境で働いた経験は、彼女に新たな発見をもたらしました。

「一度外に出て違う環境を知り、改めてリクルートの企業文化に気づいたんです。一見、ちょっと変わっているような人でも、リクルートなら立派な“個性”であり、その人ならではの“キャラクター”になります。

誰も一人ぼっちになる人がいない。全員に居場所がある

ーーそれは本当にすごいことです。学生時代ずっと、人の輪に入れなかった私だからこそ、その価値の大きさを改めて実感するようになりました」(松岡)

転職から2年半がたち、家族の状態が落ち着いたのを機に、松岡は再び人材業界に戻りたいと考えるようになります。

「やはりもう一度、リクルートで仕事がしたい」。

2011年、松岡は再びリクルート(当時のリクルートエージェント)に戻ってきました。

しかし何の因果か、彼女にとっては不本意な出来事が続くことになるのです。営業を希望したにも関わらず、伝えられた配属先はまさかのキャリアアドバイザー。またしても自分の希望は叶いませんでした……。

ただ一つ、以前とは状況が違っていた点がありました。それは、このとき松岡が配属されたのが、18ヶ月連続で目標達成しているキャリアアドバイザーが3、4人も所属している、社内でも有数のエースチームだったことです。

「求職者一人ひとりにしっかりと寄り添い、それぞれの志向に合った転職先を紹介する。そんな驚くほど優秀な先輩たちに囲まれ、素直に尊敬の念を抱く一方で、自分がまだ学ぶべきことがたくさんあるということを自覚しました」(松岡)

それでも持ち前の意志の強さを発揮し、目の前の仕事に食らいつき続けた松岡。そんな彼女にようやく“転機”が訪れたのは、それから1年後のことでした。

f:id:carraria:20160504161152j:plainチームメンバーのみんなと月に一度の納会へ。

9年目にしてようやくたどり着いた場所で、自分の能力をフルに発揮したい

社会人になってから9年目。ようやく訪れたチャンスを、松岡は逃しませんでした。2012年に事業拡大のためサービスのモデルが変わり、彼女の仕事は、個人にコミットするキャリアアドバイザーから、面談などの担当者を束ねるマネジメントの役割へと移ったのです。

「対個人に対する強さより、全体で俯瞰したときに何ができるのかを求められるようになりました。その比重が大きくなったことで、はじめて自分の強みを活かせる感覚を味わうことができました」(松岡)

働き出してからはじめてしっくりきた、自分らしい居場所。もう、かつての営業職に対するこだわりもなくなっていました。キャリアアドバイザーこそが、私の天職かもしれない。

さらに、人との出会いも松岡を後押ししました。それまであまり他人からかけられる言葉に素直になれなかった彼女が、井上という女性の先輩社員に心動かされたのです。

「井上はストレートに、本音でズバズバものをいうタイプの方で。でもその言葉に一つも嘘がなく、信用できる方だと感じていました。いつか一緒に仕事がしたいと思っていて、2年前にそれが叶ったんです。もうとにかく、あんなに私のことを褒めてくれた人は人生ではじめてじゃないかと思うくらい、目をかけてくれました」(松岡)

「あんたは優秀やな。もっと認められるべきやで」

ーーそういって、その先輩は松岡が得意そうな仕事をすべてイチから任せてくれたそうです。それが本当にうれしかったといいます。そして松岡は先輩社員の井上とともにこれまでにない大きな成果を上げ、二人揃ってVISION MISSION AWARDという全社表彰を受賞することができたのです。 

f:id:carraria:20160504160723j:plain全社イベントでのプレゼン風景。右が松岡、左が井上。

自分は会社に期待されていない。これは本当にやりたい仕事でも、自分の得意な分野ではない……不本意な気持ちを抱えながらも、不屈の精神で目の前の仕事に取り組んできた松岡。人知れず積み重ねてきた努力は、彼女を裏切りませんでした。

しかしごく最近になって松岡はある事実をはじめて知り、とても驚かされることになります。

「最初の会社で自分がコーディネーターに配属された理由を、はじめて人づてに聞く機会があったんです。私は営業でも活躍できると思うけど、持前のバランス感覚を活かして、スタッフさんの今後のキャリアなどを考えてお仕事紹介するコーディネーター業務の方が能力が最大化されると思ったから、と……。当時は聞いても教えてくれなかったのに!(笑)ちゃんと見てくれていた人がいたんだと、すごく嬉しかったですね」(松岡)

納得できずにもがき、苦しんだ経験があるからこそ、“しっくりくる”居場所や環境のありがたさを実感することができるのかもしれません。

「フリーターから学生時代まで、金銭の問題でやむなくがむしゃらに働きまくっていましたが、逆にそのたくさんのアルバイト(仕事)に居場所を提供してもらったり、自分の存在価値を認めてもらったりしていたことも大きかったです。だからこそ雇用に興味を持ち人材を志しましたし、居場所や存在価値を感じさせてくれる機会を提供し続けたいと思っています」

そう語る松岡はこれからも、自分自身のポテンシャルをフルに発揮しながら、この場所で自分の役割を全うしつづけたいと考えているそうです。

f:id:carraria:20160504161621j:plain人生の師匠、井上との2ショット。

現在、積極採用中! 

 現在リクルートキャリアではキャリア採用を積極的に行っています。

リクルートキャリア採用サイトまたはWantedlyから求人に応募下さい。

また、ご経験にあった求人があった場合のみスカウトを受けたい場合は「キャリア登録」からエントリー下さい。お待ちしています。

(TEXT by PRTable