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“日本のビジネスパーソン”に新たな機会を——パラレルキャリア促進で日本の雇用慣習を変える

Interview

今、あなたが働いている場所は「もっとも自分にふさわしい」と感じられますか? もしもそう感じていなければ、あなたをそこにとどまらせている要因はなんでしょうか。給与、勤務時間、勤務地、同僚、家族……? リクルートキャリアの古賀は、かつて大手メーカーでエンジニアとして働いていました。そんな彼が転職に踏み切ったわけはなんだったのでしょうか。その人生を紐解きます。

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子どものころは、成功と挫折の繰り返し

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小さいころは何をやってもうまくいかず、ずっと1歳上の姉の後ろをついてまわるような子でした。忘れ物も多いし、スポーツも勉強も苦手で、怒られてばかり。何も長続きしない子供でした。けれども小学4年生の時に塾に通いだして、「勉強って楽しいな」って思えるようになり、努力することが苦にならなくなってきました。

同時期にバスケットボールも始めたのですが、練習をサボっていたら自分ひとりだけレギュラーから外されたんです。あまりにも悔しすぎて、数カ月間必死でがんばって、まわりの友達も応援してくれて、やっとベンチに入れてもらえました。塾とバスケ、その二つが「がんばれば認めてもらえるんだ」ってことを教えてくれました。最初の成功体験だったのかもしれません。

それ以来、努力にハマって、努力すれば結果が出る時期が続いたんですが、高校時代に務めたバスケ部のキャプテンは、当時の僕にとっては努力してもどうにもならない、大きな挫折でした。キャプテンになったからには、「チームをまとめなくては」「周りを叱咤激励しなければ」と、基本”マスト”で動いていたんです。すると、あまり人望も得られなくなって・・・。「こうするべき」と頑すぎたのでしょう。努力が完全に空回りする時期でした。

勉強に関しても、大学に入学するまでは割と順調で、第一志望の東京工業大学に入学できたものの、そこから大きな壁にぶつかりました。高校時代は成績上位だったのに、専攻を決める試験では最下位から数えた方がはやくて・・・。それまではただ単に努力すれば、結果がついてくると思っていたのですが、2つの挫折は「どう努力するとよいのか?」を考えさせてくれる機会を与えてくれたと思っています。

 

「世の中に価値を生み出したい」と飛び込んだ前職時代

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大学卒業後は大学院に進学。就職活動の際は、「世の中に価値を生み出したい」という軸で活動をして、大手メーカーに入社しました。配属された先は希望通り、ソフトウェア開発の部署。研究室にいたころはハードウェアにあたる「機械制御」を学んでいましたが、ソフトウェア開発という仕事で価値を生み出したいと感じていました。大学院時代の専攻とは異なっていた業務ということもあって、最初は苦労しましたが、それからの4年間はやればやるほど自分のスキルが上がっていく感覚があり、仕事に没頭していました。

ただ、当時僕がしていた仕事は商品コンセプトや要件が既に固まった状態のものに対して、それを実現するソフトウェアを開発・実装する仕事でした。それもあってかゼロから価値を生み出しているという実感はあまり持てていませんでした。それで、当時の上司にお願いをして、新規事業開発の部署に異動させてもらいました。

そこでは、同じ社内にも関わらず、まるで転職したかのように新しい経験の連続でした。自分でコンセプトをつくり、検証し、事業化する。すべて、自分で決めて行動することが求められる環境でした。

事業コンセプトを考える時に、社内外関わらず様々な人に相談していたのですが、新卒でリクルートに入社した姉にアドバイスされたのは、「自分が絶対に逃げないと思えるテーマを選んだほうがいい」ということ。そこで僕は、この“社内転職”の経験を踏まえて、コンセプトを「パラレルキャリアを普及するためのプラットフォーム」に設定しました。同時期にNPO法人「二枚目の名刺」に参画していたこともあり、企業とNPOをマッチングさせて、「会社員に本業とは異なる社会活動に取り組んでもらうことで社員教育を行う仕組み」が作れないかと考えました。

でも、その矢先のことでした。僕のいた新規事業開発のセクションがなくなってしまったんです。

夢の続きをリクルートキャリアで叶える

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会社に残って他の部署に移り、新たなプロジェクトに取り組む道もありましたが、最終的には転職を選びました。姉がリクルートで働いていたこともあり、傍目でもその社風に魅力を感じていました。前職時代に事業コンセプトを考えている頃から、ベンチマークとしてリクルートのサービスを研究していました。縁あって2014年に入社し、現在は“仕事を辞めずに成長企業の経営に参画できる”プラットフォーム「サンカク」のメディアプロデューサーとして事業に関わっています。お気づきかとは思いますが、前職時代に立てたコンセプトにかなり近い。それだけ自分の中で「逃げないテーマ」を見出したということだと思っています。ただ、当時は「これで俺も事業を作れる!」と思っていましたが……リクルートキャリアに入社して、完全に鼻を折られましたね。そもそも、お金や数字に関しての感覚が違っていたんです。

大手メーカー時代は、自分の仕事を進める上で、予算を獲得するとか、採算面を問われるという経験がありませんでした。入社数年程度のエンジニアでは、そんな仕事を任せてもらうこともなく、「予算を確保する」なんて意識もまったくありませんでした。新規事業をやっているときも、そのフェーズに至る前だったので、意識することなく終わってしまいました。けれどもリクルートキャリアでは、社員一人ひとりが明確な数字を意識して動いている。数字のシミュレーションなんて「なんのことか全然わからない…」みたいな感じだったので、上司からはずいぶん怒られました。今では難なくできるようになりましたけど。この数字感覚、スピード感覚がこの会社の強さなんだと、身に沁みてわかりました。

これまで成功と挫折の繰り返しの中で成長してきたので、こういった失敗も「転職して良かった」と思える出来事です。

今は、「サンカク」を運営する上で、前職時代から一貫しているのは、「1つの企業しか知らずに視野が狭くなってしまっているビジネスパーソンに、他業種・他業界に挑戦できる機会を提供したい」ということ。壊したかったのは、「どうせよそに行っても通用しない」とか、「新卒で入社した会社に居続けないといけない」っていう固定観念なんです。

会社の外に目を向ける機会をつくることで、結果的に僕のように転職してもいいし、逆に自分のいる会社の良さを知って「仕事がもっと楽しくなった」と感じてもらってもいい。そうやって選択肢が広がっていけばいいと思うんですよ。

今はただ、この「サンカク」を成功させて、もっとパラレルキャリアを世の中に浸透させたいということだけを考えています。僕自身、18歳の頃はロボット博士になりたくて、23、4歳の頃はメーカーでエンジニアとしてバリバリ働くって言ってて……今、リクルートで事業開発をしているので、将来どうなるかなんてわからないなって。でも、そんなものかなって思うんです。この世の中に価値を生み出したい、既存の概念を変えたい……そのための手段は、その時々によって変わってくるでしょう。10年後? どうだろう、まったくわかりません(笑)